ナワール児童館 子どもを育てるプロジェクトは、人間の可能性を拓く

中東ジャーナリスト 川上泰徳

 私が昨年、ガザ自治区を訪れた時、自治区中部のハンユニスと南部ラファの間にある「ナワール児童館」を訪れました。同児童館は、2006年6月に、パレススチナ子どものキャンペーン(CCP)が現地の NGO「CFTA」(文化的で自由な思考をめざす協会)と共に開所させたものです。今年でちょうど10年となります。私が訪れたのは2014年夏のイスラエルの攻撃から1年後でしたが、ハンユニス市内の中央の通りを車で走っただけでも、踏みつぶされたようなコンクリートのビルがあちこちに見えました。イスラエルとの境界にちかいフザア地区では、息を呑むような破壊が広がっていました。
 ガザは2008年12月末以降、2012年、2014年と3度にわたり、イスラエルによる大規模な攻撃を受けています。ナワールの10年は、占領や封鎖に加えて、戦争が繰り返されるという最悪の状況の中で、どのように子どもたちを支え、育てるかという課題と向きあってきたものです。
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ナワール児童館の運動場で


 私が児童館を訪れたのは午前中でした。入ってすぐの狭い運動場では、男の子たちがサッカーをしていました。そのそばにある劇場では、ステージで衣装をつけた劇の通し稽古が行われていました。児童館を利用するのはほぼ日本の小学生と同じ6歳から12歳です。15歳以下の人口が、全体の人口の半分を占めるというパレスチナ自治区では、学校が不足し、授業は午前中と午後の2部制となっています。午前中は、午後に学校がある子どもたちが来ています。
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劇場で行われていた劇


 劇場ではニワトリに扮した男の子が主役の劇をしていました。客席から子どもたちが身を乗り出すように劇をみているのが印象的でした。劇は子どもたちが話し合いをしながらシナリオを書いて、作っていくとうことです。児童館では劇のほかに、手作りアニメの作成や、テレビ番組をつくるなどの様々な文化活動をしていますが、すべての活動で、子どもたちが主体的に関わっていくことが主眼となっているということです。

ジャーナリストになりたい

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マラク・ブレイカさん


児童館の開所ともに登録し、12歳まで7年間、活動に参加したマラク・ブレイカさん(17歳)に話しを聞きました。マラクさんはダブカと呼ばれるパレスチナ独特のダンスや歌のクラブにも参加したが、最も記憶に残っているのは、2011年ごろに参加した「児童労働」をテーマとしたラジオの番組づくりだったそうです。
 そのプログラムではガザでの児童労働の例を調べて、実際に工場や商店で働いている子どもたちに会ってインタビューをしたといいます。石を集めて運ぶ労働では、子どもたちが袋いっぱいの石を集めて一袋3シェケル(100円)が払われるが、業者はそれを3倍から5倍の値段で建設業者に売るというのです。「子どもたちは子どもというだけで、不当に安い賃金で働かされていました」とマラクさんは話します。さらにガザ南部のエジプトにつながる密輸トンネルのトンネル掘りの現場にも行き、働いている子どもたちに話を聞いたそうです。「トンネル掘りでは実際に多くの子どもたちが死んでいて、衝撃を受けました」と話しました。
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「子どもを守る」というテーマで児童労働を扱った絵(2011年)

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密輸トンネルを掘る作業で命を落とす子どもを描いた絵(2011年)

 児童労働の実態を調べ、子どもたちにインタビューすることで、子どもたちが働く背景に、貧困や働き手である父親の失業や死亡など様々な社会問題があることが見えてきました。そのうえで、パレスチナ自治政府の労働省、社会問題省、教育省など関係省庁の担当者に行政としての対応を聞き、さらに児童保護法があるのに児童労働が蔓延していることについて、パレスチナ自治評議会の議員にインタビューしたといいます。
 マラクさんらは調べた児童労働の結果をもとに、ガザの公共ラジオで30分の番組を7本つくり、毎回、行政担当者や児童労働の専門家などを招いてインタビューしました。マラクさんはアナウンサー役で、インタビューから実際の番組まで参加しました。「ガザで子どもたちが働いていることは、日々目にすることだが、実際に番組をつくったことで、様々な問題があることが見えてきました」と振り返りました。
 マラクさんは今年高校3年生で、秋から大学に進学します。ナワール児童館での活動からジャーナリズムに興味を持ち、大学ではジャーナリズムを勉強し、将来はジャーナリストを目指すといいます。マラクさんの話を聞いて、子どもを支援する活動の重要性を実感することができました。子どもたちに主体的に考えさせ、自ら動いていく児童館の活動方針が子どもたちの社会意識を育てることを証明しています。子どもたちにガザの厳しい状況を客観的に見る視点を育て、自分で調べ、行動し、問題を解決する姿勢を育てていることが分かります。

児童館以上の役割

 パレスチナ自治区では子どもの人口が多いために、学校の施設も、先生の数も足りず、一クラスの人数も過密で、学校教育だけでは子どもに社会意識を育て、困難に対応する姿勢を育てることはできません。さらにパレスチナだけでなく、アラブ世界では勉強というと、暗記することという考えが根強く、子どもたちに主体的な考えさせるという側面がおろそかになります。その意味では、ナワール児童館の活動は、私たちが日本で児童館と言って思い浮かべる以上の意味と役割を担っています。

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ナグワ・エルファラ所長


 CCPはナワール児童館の開設準備から関わり、すべての活動に支援しています。ナグワ・エルファラ所長によると、2014年夏に50日続いたイスラエルの大規模攻撃の後、欧米からの救急支援が増えたが、2015年1月には緊急支援も終わり、しばらくCCPの支援だけしかなかった時も数か月あったといいます。
 「子どもたちを育てる活動に終わりはないから、CCPの継続的な支援は会の活動の基盤となる」とエルファラ所長は語っていました。さらに、「CCP は毎週、日本人の駐在員がセンターを訪れ、活動を見ている。彼らは私たちの会の状況もよく知っているし、私たちも要望を出すことができる」と、CCP への信頼感を強調しました。

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CFTA広報担当 マジダ・エルサッカさん


 児童館では子どもたちの心へのケアを重要な柱としています。毎週月曜日には子どもたちの母親を集めて、話し合いをします。問題を抱える子どもたちの母親とは、心理カウンセラーが個別に話をします。
 親団体 CFTA の広報担当マジダ・エルサッカさんは、ナワール児童館がオープンした時から、心理支援プロジェクトをCCP の支援で始めたといいます。CCP が支援し、心理カウンセラーやソーシャルワーカーを雇い、本やゲームなど必要な備品を揃えました。エルサッカさんは「ガザでは子どもたちは紛争の他にも、家族や地域で貧困や失業、暴力など、様々な社会問題を抱え、子どもたちは心理的に多くの困難を抱えています。私たちは子どもたちの問題に向き合い、彼らが抱える問題に目を向けることで、心の問題に対応しようとしています」と言います。
 さらに、繰り返される戦争が、子どもたちの心に破壊的なダメージを与えています。エルサッカさんは「心理カウンセラーが心の問題を抱え込んだ子どもたちと向き合い、母親も加えて、対応して、成果が出ているときに、戦争が起こります。戦争が子どもに与える影響は深刻で、戦争の後に改めて子どもに対応しようとすると、問題はさらに難しくなっているのです。その繰り返しで、2014年の戦争を経て、私たちはゼロではなく、ゼロ以下の状態から始めなければなりませんでした」と語りました。
 エルサッカさんが例として挙げたナワール児童館のアフマドという12歳の少年は、とても利発で、写真コースに積極的に参加していたそうです。ところが、戦争で3人の従兄弟と友人を亡くしました。アフマド君は悲しみに沈んで、何にも関心を示さなくなったといいます。児童館ではアフマド君を深刻なケースとして対応しました。少しずつ改善は見られましたが、カメラを手にしたのは2か月後だったといいます。1年たって、アフマド君が「僕はガザで何が起きているかを世界に知らせるために写真をとる」と話すのを聞いて、エルサッカさんは彼がやっと回復したのを実感したといいます。

 ナワール児童館で心理サポートにあたっている心理カウンセラーのサバフ・ビンハッサンさんは2014年の戦争について、「それまでの2回をはるかに上回って子どもたちに心理的な影響を残しています。例えば、夜尿症、恐怖、放心、鬱、不安、悪夢、食欲不振、引きこもりなどとなって子どもたちに現れてきます」と話しました。
 ビンハッサンさんによると、集中的な対応が必要な深刻なケースは18件を数えたといいます。そのうちの一例で、7歳の少女は、目の前で叔父が死んだのを見て、全くしゃべらなくなったそうです。「完全に周りとの関係を断って、自分の中に引きこもってしまったのです」とビンハッサンさん。その少女を児童館の活動に参加させ、カウンセリングを続けました。やはり言葉を発するようになるのに2か月かかったそうです。話すようになっても、すぐに元通りに戻るわけではありません。多くの子どもたちが、戦争が終わっても、ドアを閉める時に大きな音がするだけで、爆弾の音を思い出してびくりとしたり、恐怖を思い出したりするそうです。時間がたっても、悪夢を見る子どもも多いのです。

CCPの存在意義

 集中的な対応が必要な18人は、劇や音楽、ダンス、絵画、リラクゼーションなどの活動に参加させながら、少しずつ参加できるようになるのをまちます。週2回のカウンセリングをし、4か月のプログラムを組むそうです。
 アフマド君の例や7歳の少女の話を聞くと、2014年に2000人以上が死んだ戦争の陰で、どれほどの子どもたちが、家族や友人を失い、精神的な打撃を受けたかを考えざるを得ません。心理ケアも受けられず、引きこもったまま性格が変わってしまうような子どももいるでしょう。ガザでは子どもの心理ケアまでは関心が向いていないそうで、ナワール児童館はガザの中でも、子どもの心理ケアに力を入れているという評判を得ているといいます。CCP が当初、内戦で親を失った子どもたちの支援から始まったことを考えると、ガザでの子ども支援は、CCP の存在意義がかかっているプロジェクトだということが見えてきます。
 CCP が毎週、日本人の駐在員がナワール児童館を訪れ、密接な支援を行っていることは、CCP の会報などでは知らされていても、CCP の枠を超えてはほどんと知らされていません。しかし、繰り返される戦争によって子どもたちが精神的に大きなダメージを受けることの深刻さなどは、もっと日本に知らされるべきだと思いました。
 日本のメディアではイスラエルの攻撃が続いている時は連日ニュースになっても、「停戦合意」で戦争が終われば、ニュースから消えてしまいます。しかし、戦争後、2か月もしゃべらなくなってしまう子どもや、活動に加われない子どもがいることを、会員の枠を超えて、日本の人々に伝えることは、CCPの活動の一部でなければならないと私は思いました。

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ナグワ・ユーセフさん


 ナワール児童館でエルファラ所長の紹介で卒業生のナグワ・ユーセフさん(19)の話を聞きました。2015年9月から大学に進学する予定ということでしたが、大学進学を決める高校での一斉試験(文科系)で96%という素晴らしい成績を修めたということです。ナグワさんは8歳からナワールの活動に参加していますが、最初は小学校にも通っていなかったそうです。ナグワさんの家は父親が死亡して働き手はなく、4男4女の8人の7番目でしたが、子どもは誰も小学校には通っていなかったそうです。ナグワさんが児童館の入り口にたって、子どもたちが楽しそうにダブカを踊ったり、劇をしたりするのを見ていました。ナグワさんが足を踏み出して、児童館の門をくぐった瞬間に、彼女の人生は変わったのです。
 児童館は彼女と彼女の妹を活動に受け入れ、彼女らが学校に行っていないことを知って、学校の登録をしました。エルファラ所長によると、ナグワさん姉妹は出生届も出ていなかったそうです。出生届を出してから学校に登録し、ナグワさんと妹は学校に通い始めました。もちろん、所長をはじめとする関係者による金銭的な支援もあって、ナグワさんが学校に通い続けることができたのです。
 ナグワさんは「大学では英語を勉強し、卒業したら英語の先生になりたい」と志望を話してくれました。「ここでは先生もスタッフもみんなが、生活が大変でも、負けたらいけないよ、と励ましてくれたから、私も頑張ることができました」といいます。ナグワさんを励ましたのは、児童館の活動そのものだったでしょう。ナグワさんは「人形劇」が好きだったといいます。家に帰れば悲惨を絵に描いたような生活でも、児童館の中には子どもたちが目を輝かせることができる世界があります。それが、8歳のナグワさんに一歩を踏み出させたものです。ナグワさんの例は、子どもを育てるプロジェクトは、まさに人間の可能性を拓くことだと実感させてくれます。

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