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ドキュメンタリー映画「アルナの子どもたち」
パレスチナ難民キャンプでの生と死
監督:ジュリアノ・メール・ハミス Juliano Mer Khamis(イスラエル・パレスチナ)
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イスラエルの平和運動家であったアルナ・メールは、1989年にパレスチナのジェニン難民キャンプの中に「支援と学習」という子どもたちのための事業を開始した。彼女はキャンプに泊り込み、子どもたちに勉強だけでなく、絵画やダンスなど自己表現の仕方を教えていた。
1993年、アルナはスウェーデン議会から「もうひとつのノーベル平和賞」を受賞する。この賞金をもとにキャンプに子ども劇団が作られ、アルナの息子のジュリアノが指導にあたった。才能あふれ希望に満ちた子どもたちと、ジュリアノやアルナとの信頼に結びついた関係が作られた。ジェニンの子どもたちは、閉塞状態と暴カ的な、雰囲気の中で成長している。演劇トレーングで暴カ的な教師の姿を再現する子どもたち。また、日常的なイスラエル兵士による圧迫の様子も再視されている。それでも、子どもたちは演劇を通して世界を広げ、夢を膨らませていった。
しかしアルナが亡くなった1995年頃からオスロ合意後の和平ムードが壊れ、イスラエルによるパレスチナヘの封鎖や攻撃が強まり、ジェニンでの活動はだんだん衰退し、ジュリアノも仕事や生活上からジェ二ンと疎遠になってしまった。2000年には第二次インティファーダが始まり封鎖も強まった。
2002年4月、イスラエル軍は大規模な軍事侵攻を行ない、ジェニンの難民キャンプは大きな被害を受けた。500軒近い民家が破壊され、その跡は更地にされ多くの犠牲者が出た。
ジュリアノはジェニンヘの再訪を決意する。そして彼がそこで見た現実は・・・・。
ジュリアノは、難民キャンプの青年たちと行動をともにし、インタビューするなかで、選択の余地が無い人生を淡々と生きていく彼らの姿をカメラに収めている。
この作品は占領と圧迫の中で短い人生を燃やした青年たちへのオマージュであり、少年たちの友情の記録である。そして、彼らにはもっと別の人生があったに違いないという苦い思いが込められる。
2002年に実施された子ども1200人以上からの聞き取り調査の結果によると、パレスチナでは子どもの半数が具体的な軍事的暴力や恐怖にさらされ、半数の手どもが親は自分を守ることはできないと感じている。それでも7割の子どもたちは、自分の努力によって環境や人生を変えていけると信じている。一方、7%の子どもが武器を持って戦う道を選択すると答えていた。
現在、ジュリアノは子ども劇団再開の準備を始めている。また、「パレスチナ子どものキャンペーン」は、ジェニンの5か所で「母親と子どものための心のケア」の事業を実施している。次世代の子どもたちが、無事に成長し夢をかなえられるように、できることはたくさんあると信じながら。
インティフィーダを理解したいと願う人には不可欠のドキュメンタリー
ウリ・アブネリ氏(イスラエルの平和運動家)
この映画を忘れることのできない経験にしているものは何か。子どもたちは、実に魅了的な少年少女であり、活力とユーモアにあふれている。映画が進むと、私たちは再び彼らに出会う。今度は若者と成った彼らに・・・・。
[ジユリアノ・メール・ハミス]
イスラエルの俳優、監督。ユダヤ人の母とパレスチナ人の父の間に生まれる。「もうひとつのノーベル平和賞」を受賞した母アルナ・メールがジェニン難民キャンプで始めた子どもの演劇活動にかかわる。2002年イスラエル軍のジエニンへの侵攻後、劇団に参加していた子どもたちを訪ねてつくったのが「アルナの子どもたち」。同作品は、Tribeca映画祭最優秀ドキュメンタリー賞、HotDocsカナダ国際ドキュメンタリー映画祭第一席、チエコ共和国人権ドキュメンタリー国際映画祭最優秀作品賞を受賞。









