ガザ地区基礎知識
ガザ地区の概要

1967年よりイスラエルが軍事占領を続けている狭い地域で、東京都23区の約6割の広さの土地に150万人が住む。地中海に面しエジプトとイスラエルと境界を接する。14歳以下の子どもの割合が約45%で、ガザの平均年齢は17歳(同日本44歳)。人口の約7割である100万人が難民で、8つの難民キャンプを抱えている。
イスラエル軍は2005年にガザ内部からは撤退したが、周囲を完全に管理していて、人も物資もイスラエルの許可なしに出入りができない。2006年6月以降イスラエルによる長期間の完全封鎖、2008年末から始まったイスラエル軍による空爆及び地上攻撃により、援助関係者、ジャーナリストもガザへ入ることが不可能となっている。イスラエルによる攻撃以前から、アメリカ・EU・日本などはガザへの直接援助を中止しており、ガザの人々は国連からの援助としてたまに入るわずかな物資で命をつないでいた。また停電、断水、燃料、医薬品、食料も底を突き、人々の生活状況はさらに悪化している。
近年のガザの動向| 2000年9月 | 第2次インティファーダ → 農業輸出や出稼ぎに厳しい規制 |
| 2005年9月 | イスラエル軍、ガザ地区より撤退 |
| 2006年3月 | 選挙によりハマス政権の誕生 → 国際社会からの支援停止 |
| 2007年3月 | ハマス・ファタハを中心とする挙国一致内閣 |
| 2007年6月 | ハマスによるガザの掌握 →ヨルダン川西岸とガザにそれぞれ政府が誕生 |
| 2008年6月 | ハマス政権とイスラエル政府による休戦協定 →封鎖はなおも続く |
| 2008年12月 | イスラエルによる空爆が始まる |
| 2009年1月 | イスラエル、空爆とともに地上攻撃も開始 |
イスラエルによる封鎖の影響
2008年末に始まるガザへの攻撃前でも、すでにガザはイスラエルによる『封鎖』により社会・経済が危機的状況に瀕していた。
- 全家庭の約65%で食料・医療・薬などの生きていくのに必要な物資が不足 約80%の人々が人道援助に依存
- 全私企業の約55%が営業を休止
- 全工場の95〜97%が操業を休止
- 一日平均8〜16時間の停電
関連記事:2009年1月17日 朝日新聞 (PDFファイル 670KB)
燃料が手に入らない
封鎖によりガソリンやプロパンが枯渇。燃料が無いので発電所が動かず、ガザにある唯一の発電所も操業を断続的に休止している。ガザでは水不足が深刻で、断水が続いているほか生活排水は海にたれ流されている。
収入が無い
燃料不足や原材料不足により工業・農業・サービス業は致命的ダメージを負っている。アメリカ下院議員デニス・クシニッチ氏は、「ガザ内の約3900箇所の工場の内、操業中の工場は195箇所以下となり35000人いた工場労働者は1750人まで減少、また40000人の農業従事者が現金収入の道を絶たれた」と指摘し、アメリカ政府がイスラエルに封鎖の解除を働きかけるよう呼びかけている。さらにガザの人々は封鎖による移動制限により出稼ぎも出来ない。国連の統計では失業率は2007年末時点で45%、現在はそれ以上であると推定される。
以上のようなイスラエルによる封鎖政策は『集団懲罰』として国際法では違法行為とされており、国際機関・市民団体・知識人などから批判を受けている。しかし私たちも一員である国際社会は、この違法行為を止めることが出来ていない。
イスラエル軍によるガザへの空爆と地上攻撃
2008年12月27日より、イスラエルはガザ地区に対し空爆を開始した。また2009年の1月4日より戦車や迫撃砲を使った地上攻撃も開始し、1月7日現在までパレスチナ側の死者は約600名に上っている。その4割は子どもや女性であると国連も伝えている。 イスラエル軍の激しい攻撃のために人々は食料などの生活必需品を手に入れることにさえ命を懸けなければいけない状況に追い込まれている。もともとあった燃料、電気、医療用品、食料の不足がさらに加速し、イスラエルの許可が下りず人道援助もほぼ届いていない状態で、救えるはずの命さえも奪われている。ガザの冬は東京と同じような寒さで雨が続く。ガザは周囲を包囲された「天井のない牢獄状態」で、人々は逃げる場所がない。空爆と地上戦の中で、食料も燃料も電気もなく人々が取り残されている。




