目次

攻撃に曝されているガザの市民から

2014年7月8日 21:52

ガザが攻撃にさらされている!
子どもたちは怯えている「パパなにが起こっているの?」。
何と説明しようか、、、どうやったら、ガザ地区全土が戦争の最前線になっていて、激しい軍事行動が行われていると説明できるだろう?
6歳の息子が聞く「カウレさん一家には何が起こったの?」。
ラジオのニュースを聞いてひどくいらだっている。
子どもや老人が屋根の上にいたところに、イスラエルが爆撃をして7人が犠牲になった家族だ。
ラマダン中なので、午後は買い物に出かけたが、ガザの町はまるでゴーストタウンだった。中心街の近くで僕がタクシーに飛び乗ったころ、そのすぐ近くでイスラエル空軍は3人が乗っている車を爆撃した。
僕のタクシーはすぐにその場を走り去ったが、焼け焦げた3人の死体のイメージが頭から離れられない。
日が沈み、さらに17人のパレスチナ人が殺された。そのうち少なくとも8人は子どもだった。
まったく何てことになっているんだ???普通の市民の家が標的になっている!!!!武器などある筈もないのに!
「こちらはイスラエル軍。5分で家から出ろ!家を倒壊する。」(イスラエル軍は爆撃の前に警告の電話をかけている。)
なぜ?誰にも理解さえできない。
恐怖の夜がくることは予想していた。でも電灯くらいはついていてほしい(停電なのだ)。
イスラエル海軍が海上から激しくガザを爆撃しているって、本当に耐えられない。
自分の家に今にも爆弾が降って来そうな感じだね。
僕らは攻撃されている。僕らはただ自由が欲しいだけなのに、、、抵抗運動しているだけなんだ。
ガザ封鎖をやめてほしいだけ。理由もなく逮捕されてている600人の自由を求めているだけ。
イスラエルに西岸、エルサレム、そしてガザへの攻撃をやめてほしいだけなんだ。
僕らの夢は2つの国が共存すること。でも、そんな夢を見ることさえ許されないみたいだね。
夜中までにイスラエル空軍は人がまだ中にいる家を狙い、男3人、女2人、そして幼い娘一人の家族全員を殺害した。
いまやイスラエル軍は集合住宅を標的にし始めている。

2014年7月9日 0:08

攻撃初日が終わったが、北部ベイト・ハヌーンの6人の一般市民がさらに犠牲になった。そのうち2人は女性、そしてもう2人が子どもたち。

1:22

眠れない!!心配と疲労のためだ。
ドローン(無人偵察機)、アパッチ(戦闘用ヘリ)、F16戦闘機、全部が空中を駆け巡っている!
家の窓を全部開けるのを忘れてはいけない(窓が完全に閉まっていると爆風の圧力でガラスが飛散するから)。寝ている子どもたちがとても心配だ。
爆撃の音が聞こえる、、でもまだ遠いようだ。今はそれだけ。
新しい日は、「ガザ南部ラファで2人が殺れた」で始まった。

12:49

真昼間、ものすごい爆発音。屋上にいた息子が逃げ帰ってきた。
「すごい音だったな!」。彼は笑みを浮かべている。
「ラマダンの花火かい?おまえがやったの?」どうやら他の子たちがやっていたようだ。
次の瞬間には記憶が薄れ、息子はすでにその音を忘れてしまった。でもその体験は二度と忘れないだろう。
ただただ、全体像を説明することなどできない。
説明などできない。なぜ、殺された28人のうち50歳以上が6人なのか?
15歳以下の子たちが10人なのか。そして女性が5人以上なのか。

13:47

是非シェアして欲しい。
友人でもある保健連合の事務局長であるラエド医師からの緊急な要請だ。
ガザが人道的危機に陥らないことを心から願う。
ガザでは11万人の給料が1年近く支払われておらず、また20万人以上が職にあぶれているのだ。

18:39

昨日の夜は眠れず、今日は昼寝をした。でも、しなければよかった。
18時ごろ、すごく大きな爆音で飛び起きた。すぐ近くだ。まずラジオ無線機に走って、情報を得ようとしたが停電になっていた。
「ちょっと!今日は20人も殺されたよ。明らかに何か変だ!」
聞いている、聞いている、聞いている、、、、
あちらでもこちらでも家族が犠牲になっている。殺された人のほとんどが女性や子どもたち。
住宅街の家々が破壊された。60歳の男性、31歳のその息子、80歳の女性、40歳の女性と13歳の息子!バイクに乗った人、そしてちょうど今ベイトハヌーンの自宅にいた3人が爆撃によって殺された!!
たった2日で500人以上が負傷している。なんてこった!!!
F16戦闘機が空中を飛び回っている!!
家にいるとまるで刑務所にいるみたいだ!!家族はみな心理的に限界だ!
近所の家はかなり騒がしくなった。親せきが15人以上その家に避難してきて一緒に住んでいるから。その親戚たちはガザ東部のイスラエルとの国境近くに住んでいて、そこはもはや安全ではないのだ。大規模な強制退去が始まっている!
僕が知っている限りその家の主人には7か月も給料が支払われていない。そして1,000ドル以上の借金をしている。まるで考えられない。そのうえ自分の家でさらに15人以上の面倒をみなければいけないのだ!!
次は何?どれぐらい続くのか?それは誰にもわからないんだ。

ガザ市民の戦争日記1

4日目

今朝は危険を冒してビーチキャンプの路地を抜け、青物市場に向かった。
露天商が数人、やはり危険を冒して店を出している。心配そうな青い顔をした人たちがその周りにまばらにいる。
「こんなとこに来てあんた大丈夫なのかい?」
眠っていない顔の露天商が不安げに聞いてくる。
「俺の家には金がない、食べ物も赤ん坊のミルクもない。そんななかで恐怖を抱いて家にいるよりも、危なくてもここで働いている方が100倍もマシだよ。
俺たちには避難シェルターがない。あんた、パレスチナ人でシェルターを持っているってやつのことを聞いたことがあるかい?俺たちは怖くなんかない。どんなに犠牲を払っても名誉を取り戻すさ」
私は黙ってそこを離れた。
私はもちろん恐怖を感じているので、家族のために食料を買わねばという思いがなければ市場には来なかっただろう。
行きは歩いて行ったが、帰りは荷物がいっぱいでタクシーを拾わなければならなかった。家までの5分間、フラッシュのように数日前の記憶が戻ってくる。いつ何時、タクシーへのミサイル攻撃で焼き殺されるか分からない。
午後遅く、以前に住んでいた地域にイスラエルは激しい爆撃をした。80歳の老人が標的だとか!正気の沙汰ではない。
モスクを壊し、銀行を標的にする。すべてインフラだ。
軍事目標についてはついぞ聞かない。イスラエルはガザの破壊を目指しているのだ。
みんなに言っておかなくてはならない。
イスラエルも被害にあっているとメディアは言っている。それを聞くと、あたかもパレスチナがイスラエルよりも強い軍事国家のようにさえ聞こえる。イスラエルは世界で11番目、中東世界では最強の軍事国家なのだ。
この狂気の攻撃は停止されるべきだ。平和が訪れるように。

5日目

障がい者、子ども、赤ん坊・・が、昨晩の激しい攻撃の的になった。
それにいくつかのモスクと、民家、慈善団体、リハビリテーションセンター、病院、孤児院、スポーツクラブ、公園、そして農村。なんてこった!
一人の父親の話は最も悲痛だ。8年間待ち続けてようやく生まれた赤ん坊。その小さな女の子は重傷を負っている。父親が泣き叫んでいる。「私の血を取って、この子の命を助けてくれ」。
時間が止まっている。なぜイスラエルは、なぜ、・・。こんなことのために新しい命が生まれたのか?
障害者の女性3人とその介護者も標的にされた。正気の沙汰ではない。
アラブ諸国の沈黙、国際社会や人権団体までもが沈黙している。メディアが真相を伝えていないからか?
私たちは見捨てられているのか? 私たちが一番ショックなのはこのことだ。

2014年7月13日 5:24

緊急コール
いまさっき、家の前をたくさんの人たちが通って行った。日常生活が戻ってきた、と最初は思ったのだが。しかしそうではないことが分かってショックを受けた。
ガザ北部から庇護のない人たちが4つの国連の学校に避難するために移動していたのだった。
数百人の子ども、年長者、若者、誰もが疲労困憊の様子をしている。みんな衣類を抱えていて、炊事道具を運んでいる人もいる。その光景がトラウマになっている。
悲しく、ショッキングで悲惨な状況だ。
こんなことはあってはならない。どんな支援ができるのか。
この人たちはお金を必要としているわけではない。あなた方のほほえみ、支え、そして住む場所。どんなものでもよいからこの人たちの生活を楽にし、回復ができるようにしてほしい。もし時間があれば、地元の人たちは避難先の学校に来て、何か手助けをしてほしい。そこにいるだけで、意味がある。
彼らの写真を撮ろうとして、手が震えた。写真を撮ること自体が不道徳のように感じた。しかし、写真を撮ってもよいかと聞かずにはいられなかった。かわいい女の子とその兄弟。これは正義か?

2014年7月14日 17:03

それは午前3時半だった。
絶え間ない砲撃の音、F16の轟音、停電のなか、突然電話が鳴り響いた。
誰かが電話になると思ったのだが、誰も出ない。
少し待ってみて、電話を取った。
義弟だった。「みなさん大丈夫ですかー?」
しかし普段とは違うのだ。
下の階に住む母が、恐怖に駆られて電話をしてきた。
「誰も電話に出なかったから、イスラエルが攻撃してくるわ。時間があるだろうか?」
母に答えるのが精いっぱいだった。「いや、イスラエルではなかった」
ガザの人たちが、どれだけ次は自分たちの番だと考えながら待っているかが分かるだろうか。次はどこか?
イスラエルの様子を見ていると、どこだって標的になる。
民家を狙うことで、深いトラウマが刻まれる。
次は我が家かもしれない。

2014年7月17日 2:06

いま。ネットでニュースを見ようとしたとき、家が大きく揺れた。
うちに爆弾が落ちたのかと思った。
圧倒的な爆撃がガザ市を襲っている。隣の家の子どもの泣き声が聞こえる。

23:02

言葉はもはや何の助けにはならない。私はもう本当に消耗しつくした。
疲れたし、挫折感もひどい。現在の侵攻は長引いている・・・
イスラエルが地上軍を投入したことが報じられた!
この間もパレスチナとイスラエルは和平交渉をしていたようだ。
でも1993年に「原則宣言」と言われるオスロ合意に調印してから最終合意に向けた21年間の努力は水の泡になった。
そしていま和平交渉は戦火のどさくさに紛れてしまい、パレスチナ人の独立への基本的な願いは満たされないままだ。この戦争で殺されている無数の人々は新たな歴史の証人になる。これはパレスチナのインティファーダ(民衆蜂起)の新たな形なのかもしれない。
こうして長年が過ぎてもイスラエルの責任は問われていない。
今日はまた3人の子どもがビルの屋上で遊んでいるところを空爆の餌食になって殺された。イスラエルは責任を問われることがあるのか・・・。もはやわからない。
でも、今ほど真実が明白になったことはない!
そして人間だれにも一人ひとりなすべき役割があるはずだ。
私は自分のなすべき役割に戻る!そしてインターネット上で泣くのはもうやめることにした。
私の役割は脆弱な犠牲者を現場で助けること。それをやり続ける力を持ち続けたい。

ガザ市民の戦争日記2

※この日記は20代の若い女性が書いているものです。

2014年7月10日

人生でこれほど生きた心地のしない体験をしたことはなかった。
午後、家を揺さぶるような爆発が起こったあと、一本の電話がかかってきた。
妹からだった。とぎれとぎれに、「イスラエルの空爆が・・近所・・・家を脱出して・・・・全壊・・・・」そして電話が切れた。私と家族は真っ青になった。
何度もかけなおそうとしたが、まったくつながらない。
父と兄は妹家族を迎えに行くため、無人の道を車を飛ばして妹の家に向かった。
その間も雷のような爆音が鳴りやまない。ものすごく怖くなった。
心臓の高鳴りがすごくなり、全世界に聞こえるんじゃないかと思ったほどだ。
そして心は閉ざされていくのがわかった。自分の精神が完全に破たんしそうになりながらも、母の気を休めようとした。
この時ばかりは自分に超越した力があり、イスラエル軍の戦艦、戦闘機、戦車をガザから追い出すことができたらと本当に思った。
妹の電話から、彼女と子どもたちが家のドアから入ってくるまでの20分間は、人生で一番怖い時間だった。姪たちが私に近寄り、私の懐に隠れこむように抱きしめてくれたが、この子達は、私も彼女たちと同じように脆く力がないことをきっと知らないだろう。
今後の見通しが立つまで、妹家族は私たちの家に住むことになった。
妹は近所の人たちがどんなに泣き叫んで避難してきたかを話してくれた。
近所のある家に、イスラエルのアパッチヘリコプターが、「F16戦闘機がその地区近辺を数分のうちに爆撃する」との警告をした。
避難するのに十分な時間があるときもあるが、多くの人はそんな時間は与えられない。
幸い妹と彼女の夫はものすごい勢いで子どもたちを連れて階段を下り、爆撃や破壊された建物の破片から身を守ることできた。
初回の警告からたった6分後の出来事だ。向かい側の家は爆撃を直接受け、女性の叫び声や子どもの鳴き声が響き渡った。
その家は全壊しその周辺の家々は部分的に破損した。
甥や姪たちをみていると、こういう体験が彼らの心理的にどういう影響を及ぼしているのだろうと心配になる。すべての子どもたち、女性、そのその他人々がこの苦難に満ちた戦争の中でどうやってすごしているのだろう。以前のガザに対する攻撃でトラウマを抱えた子どものために仕事をしたことがあるが、そのような子どもたちへの対応はすごく複雑で繊細さが必要なのだ。
昨日は全く眠れなかった。騒音だけでなく、ニュースを追っていて心配が増えたからだと思う。
毎回爆音を聞くたびに、私は自動的に跳ね上がりフェイスブックをチェックしたり、ラジオの電源をいれたりする。
イスラム教徒にとって神聖なるラマダン月の最中なので、私はいつものように夜明けの直前に食事をとり、16時間の断食に備えている。その断食の時間帯はものを食べることもの水を飲むことも許されない。
日中2、3時間寝ることはできたが、すぐに起きて最新のニュースをチェックした。
イスラエル海軍は海上から名前を聞いたこともない場所を砲撃している。犠牲者は分刻みで増えている。
ニュースは、イスラエル空軍や海軍が民家、モスク、女性、子どもを標的に砲撃しているとさかんに流している。
イスラエル軍は救急車、救急隊員や報道関係者までも標的にしている。
これって狂気ではないだろうか?人道法、国際法ってどこに行ったの?
ジュネーブ条約ってなんのためにできたの?使われないために?
国連と呼ばれている機関はどこにいるの?国連はパレスチナ人が苦しみつづけるためにできたもの?
国連はこのような侵攻や攻撃にさらされているときもパレスチナの一般市民を守ってくれないのだ。
国際社会、恥を知れ!国連機関、恥を知れ!
ガザの主要病院であるシファア病院のニュースが耳に入る。
患者でごった返していて明らかに許容量オーバーだそうだ。
隣国エジプトに対しては、重傷を負った病人のみ避難できるようにラファ検問所を開けてほしいと要請がされた。
この緊急な要請にも関わらず、ラファの検問所は閉ざされたままだ。
うわさによれば、イスラエル政府高官がこのガザに対する攻撃はエジプト当局と事前に調整して合意の上で行われている、と公言しているようだ。
「ハマスをガザから追い出す」というお互いの利益が一致するからだ。
隣国と調整して、女性や子どもを含む一般市民の殺害を容認する・・・・何ておぞましいことだ。
さあ今日の断食を終える時間。でも今は停電。最近は毎日8時間しか電気が通ってない。そういう状態が数カ月、いや数年続いているだろう。でも覚えてない。
それでも、私の家には発電機があり、電灯少しとWi-Fiも使用できる。
ガザ中の多くの人々が暗闇に飲み込まれている中、少なくとも私たちはこの燃えるように熱い夏に扇風機をつけることができるのだ。
お祈りの呼びかけがモスクから始まる直前に、妹は義理の両親に電話をした。
彼らは、壊れた家の見通しが立ったのでそのまま家に残るといって聞かなかった。
自分たちは安全な状態にあるということを念押していて、今日はキリスト教徒である近所の友人が断食明けの食事を用意してくれている、と報告したそうだ。
ガザの社会では私たちはみな敵意なんか持っていない。宗教の違いに関わらずお互いを励ましあっているのだ。
また悲しい知らせを聞いた。友人の叔父といとこが亡くなった。彼らは一般市民だ。
彼らは丸腰で所有していた畑の木を見に行ったときに、戦火に巻き込まれてしまったのだ。
畑はガザの中心部にある。近くにいたイスラエル軍のヘリが発射した警告砲に気づかなかったようだ。
そしてまもなく彼らは亡くなった。
彼らには家族が、子どもが、それぞれの生活が、そして愛した人たちがいた。
戦争の二日目に起こったすべての出来事で私の胸は一日中ずっと締め付けられていた。

これが2日目の終わり。え?3日目がもう始まっている?もう何だかわからない。
時間の感覚を失ってしまったから。時間が過ぎてゆき、爆撃が続き、無人偵察機が空を駆け巡り、そして私たちはこの瞬間まではとにかく生きている。
今までにこの戦争で450発もの爆弾がガザに落とされ、55戸の家屋が破壊された。
緊急救助隊員によれば死者は58人に上り、負傷者は488人以上だそうだ。
正確な数字や統計はどこにもない。
しかし殺された人1人1人には名前があり、生活があり、愛する人がいて、そして夢を持っていた。
地球上のどんな法律がこのような仕打ちを許しているんだろう?
この長かった一日の後、私には睡眠を取って疲弊した心と体を休めることが必要だ。
緊急事態に備えてきちんとした服を着て、重要な書類全部を鞄につめていつでも動ける準備をしておかなければいけない。
「明日は少しは良くなる」という希望で私の二日目は幕を閉じた。

3日目

これは戦争ではない。ただの虐殺だ。
そう、戦争はすでに3日目。昨日は眠れなかった。
もはや自分たちの欲しいものはなにも得られないようだ。
明日には平和がくると思っていたのに、平和な瞬間さえほとんどない。
昨夜は狂乱に満ちた激しい爆撃で幕をあけた。
空爆や海上からの爆撃は今回の攻撃の中で一番激しく恐ろしかったと思う。
でも今夜の、爆撃の度に家を揺るがす音の衝撃のほうがすごかった。
もう「戦争」とは呼びたくない。
2012年にイスラエルがガザ攻撃をした時、アメリカ人作家、ノーム・チョムスキー(ユダヤ系、訳者注)がつづった言葉を思い出す。
「イスラエルは高性能な戦闘機や戦艦で人口密度の高い難民キャンプ、学校、集合住宅地、モスク、そしてスラム街を爆撃している。
空軍や対空防御システム、海軍、大型武器、砲撃隊、装甲機械、指令系統、軍隊組織を持たない人々に対して攻撃を加え、それを戦争と呼んでいる。これは戦争ではなく単なる殺人だ」 (ノーム・チョムスキー)
虐殺されるため、家を壊されるため、子どもや女性が殺されるためだけに、一箇所に閉じ込められ、逃げる場所や隠れる場所のない状態は戦争とは言わない。
それは殺人。大量虐殺だ。
ずーっと不思議でならないのは、ヨーロッパ、イギリス、アメリカ、オーストラリアなどの人たちは私たちのことやガザで何が起こっているのか知らないのだろうか?
どうしてみんな黙っているのだろう?何が起こっているか知らないから?
イスラム教徒である必要はないはずだ...ただ人間であれば立ち上がれるはずなのに・・・。
でも、彼らが黙っているのも不思議ではない。欧米メディアが親イスラエルなのは明らかだから。
エルサレム、ジャファ、アシュケロン、テルアビブにいる記者の数は、ガザにいる数とは比べ物にならない。
イスラエルのプロパガンダや、そのプロパガンダをオウム返しする西側メディアは本当に断定的だ。イスラエル政府のやっていることは大小さまざまな「出来事」だけを事件として扱い、1世紀以上に及ぶパレスチナとイスラエルの紛争原因はまったく無視しているのだ。
ハマスがイスラエルに向けて発射したロケット弾だけがクローズアップされて、原因や背景は全く語られない。
更に悪いことに、シオニストはハマスの行動を「テロリスト活動の証拠」という文脈だけで使う。
世界の人々はこういうメディアによって盲目になってはいけない。
真実を探し、直視するべきだ。背景などふくめた広い視点で見て判断して欲しい。

3日目 その2

ここ2、3日は数時間しか寝てない。本当に疲れた。
断続的な爆撃や爆音に対して体が以前より強く反応しているのがわかる。
攻撃が始まって以来初めて、私は泣いた。
10分だけでも平穏な時間が欲しかった。ただ眠りたかった。
秒単位のニュースなど追いかけたくないのだが、結局ニュースを見てしまう。
夜明け前のお祈りの呼びかけが始まるまで、爆弾の音がずっと空間を支配していた。
「アッラー・アクバール(神は偉大なり)」とお祈りの始まりの呼びかけが聞こえた時、私は何度もその言葉を繰り返した、、、そう神は偉大なんだと。
神はイスラエルなんかよりも、その軍事力よりも、空軍より偉大なんだ。神は偉大なり!
それから数時間は眠ることができた。
目が覚めてラジオのスイッチを入れたら、国連の潘基文事務総長がラファの国境を開くよう要請している、というニュースだ。
なぜ、エジプトに国境開放をお願いするの?
なぜ、イスラエルにガザへの爆撃をやめるように言わないの?国連って何のためにあるの・・・? 
その後、エジプトがラファの国境をやっと開けて、負傷者が避難したり、薬品をガザに入れる許可がでたと聞いた。
ガザの病院は受入れオーバーで破綻している。でもラファが開いたといって、天国への扉が開いて地獄から逃れられる、なんていうわけではない。
何百人もの重症者はシナイ半島の広大な砂漠を通り、燃えるように暑い夏、八時間近くかけてカイロに向かって移動しなければいけないのだ。
惨めさと苦難への扉が開いたようなもの。
下水処理施設のポンプ4基が爆撃によって故障しているというニュースも流れてきた。
その処理施設はガザ市の半分の下水を処理している施設だ。
その結果今下水は処理されないまま海に流れ込んでいる。
数週間前から、燃料不足のため十分な一次処理さえされないまま下水が海に流されていた。
政府機関はガザの海岸はひどく汚染されていて危険であると言う。
海はガザの人々にとって唯一の天国のような喧騒を抜け出して楽しめる場所なのに。

3日目 その3

ワールドカップ大会のアルゼンチン対オランダの準決勝を,海のそばの家で見ていた人たち。彼らもイスラエル軍戦闘機の犠牲になった。
TVを見ていた20人の若者のうち、6人が即死した。
世界がワールドカップ(WorldCup)で騒いでいる中、ガザはワーカップ(WarCup)と直面している。
私はふと、この戦争が終わったら、ガザには国際的な支援が集まるのだろうと考えた。
支援金はガザの復興に使われるのだろうが、それは次にイスラエル軍の攻撃が来てガザが再びすべて破壊されるまでの間のことだ。
パレスチナには拠り所が必要だ。政治的な決断が必要なのだ。
抑圧者に対抗するロビー活動が必要だ。二度とこういうことが起こらないように。
同じようなことが繰り返されて、パレスチナ人が国際支援を恩に着せられることが無いように。
この文章を読んで、むごたらしい攻撃を知ることになる人々への責任を感じながら、今私は書いている。
私は一人ひとりの声をすべて伝えたいと思う。
ばらばらになった子どもの体の破片が寄せ集められるのを、目の前で見なければならなかった母親の声。
家族をすべて亡くした父親の声。
爆撃された自分の家の瓦礫から助けられたが、両足を切断せざるを得なかった若者の声。
結婚式を直前に婚約者をなくした女性の声。
マリアム・アル・マスリという10歳の女の子、そのたった一人の子どもを残虐なやり方で失った父親の声。
病院の死体安置所で、2人の幼い子どもの死体確認をした若い母親の声。
爆撃された家の瓦礫から、死体の破片を拾っていた救急隊員の声。
簡単な医療品しかない病院で、負傷者を懸命に治療している医者の声。
これらを一つ残らず伝えたい。彼らの悲惨で大きく傷ついた心の声を伝えたい。
イスラエルは自らに攻撃の刃を向ける人たちを増やしている。
武装勢力だけではないのだ。
丸腰で、脆いけど、侵略者の消滅以外何も望まないという一般市民がたくさんうまれているのだ。
「防御の境界線作戦」の3日目が終わろうとしている。
イスラエル軍はこの作戦の継続を宣言し、高い確率で地上軍が投入されるだろう。
面積365キロ平方メートル、南北41キロ、東西の幅5~15キロの地域への地上侵攻。
数十個のロケット弾がイスラエルに向けて発射された。未確認だけどいくつかはイスラエルに落ちたらしい。
一方イスラエル空軍の爆撃は650回以上。
今回の攻撃で殺されたガザのパレスチナ人は90人に上り、700人近い人々が負傷している。
F16戦闘機によって少なくともガザの160戸の家がぺしゃんこにされた。
それでもなお、私は明日には平和が訪れるのを望んでいる。

2014年7月13日

戦争5日目だ。いや5日目はもう終わったかも?ちょっと待った、、、
この一連の爆撃が始まったのは何日前だったたか?
まるで何年の前のことを思い出すみたいだ。
まだ数日しかたっていないのが信じられない。
しかし何日経ったなんてのは関係ないだろう。
イスラエルはその気になればガザなんて2,3日で消し去ることができるのだ。
パレスチナ人の苦悩を長引かせ、傷を深くしたいのに違いない。
昨晩はイスラエルの海上からの爆撃がさらに激しくなったが、標的はどうやら他の地域の模様。
昨日イスラエル空軍が障がい者のリハビリセンターを爆撃し、もっともひどい、むごたらしいことがことが起きた。
睡眠中だったので障がい者女性2名が犠牲になり、ほかの人多くも負傷した。
ほかにも多くの慈善団体やNGOが標的にされた。
こんな恥知らずなことはあるだろうか?どうやって正当化できるのだろうか?
すぐに眠りにつける世界中の人へお願いしてもいいですか。
もし、爆弾がなく、空を駆け巡る無人偵察機がなく、また無残な死体の残像がなく、崩れた家のがれきの中から引き揚げれられた死体を泣きながら抱きしめている親の悲しい映像も見ないでいい状態だったら、あなたは、睡眠という恵みに感謝しなければいけないのです。
目をつぶるたびに、人々が寝ている間に爆撃され破壊された数々の家を思い出してしまう。わずかな時間の警告があるか、まったく予告がなく爆破された家を。
ある家がF16機に爆撃された場合、その周りの数軒も確実に壊滅される。
真夜中に警告があって、すぐに家を空けなければいけない状態ってなんだ。
何者かが、「7-10分で家を空けろ」と警告してきて、すべてを置いて逃げ去って、自分の持ち物全部が壊されていくのをただ見ていることを想像できるだろうか?
家は、ただ壁やブロックに囲まれている箱ではない。
私たちが子どもの頃に過ごした時間そのもの、思い出、夢、そして安全な場所なのだ。
大好きな本、自分の枕、アクセサリー、娘の大好きなお人形、息子がスポーツ大会で勝ち取ったメダル、そして大切にしていたコーヒーカップ・・・
すべて置いていかなければならない、ってどういう気持ちか想像できるだろうか?
そしてもし今日生き残ったとしても、この後、何百回も死の恐怖を味合うことになるのだ。

2014年7月15日

この血なまぐさい日が終わろうとしている。
夜の始まりはかなり静かだった。嵐の前の静けさ。
ここでいう静けさっていうのは爆撃が近くで起こっていないというだけで、上空を飛ぶ無人偵察の「ヅヅヅ―」という音は昼夜ずっとなり続いている。
「バーーーーーーン」、と突然どこからともなく爆発が始まった。
ワールドカップのアルゼンチン対ドイツの決勝戦の直後だった。
イスラエル軍機の操縦士は試合結果に怒っていたのだろうか?
再び私の家の近所に爆撃があった。今度は警察署だ。
また夜明け前の、朝からの断食に備える食事中だった。
ガザ北部から国連の学校に現在避難している多くの人たちのことを思った。
それから朝が来るまで私はベランダに座り、そのまま空を見上げていた。
近所の人たちはものすごい悪臭をかき消すために路上で大量のごみを燃やしていた。
ガザ市の公共サービスはこの爆撃中まったく機能していない。
ごみの収集にも来ないのだ。道端にあるごみ捨て用のコンテナはいっぱいになったままで、ものすごい悪臭が立ち込めていた。夏の真っ盛りで、気温もとても高い。
今日私たちの近所は特に静かだけど、遠くではまだ空爆の音が聞こえ続けている。
イスラエル軍は一般市民の家、モスク、診療所などを見境なく爆撃している。
一番ショックなニュースはアル・シファ病院の医師が、イスラエルによるDIME(高密度不活性金属爆薬)の使用を確認したことだった。
その爆薬で負傷して病院に搬送されてきた人のほとんどは治療が難しいそうだ。
その種の武器が過剰に使われ、すごく小さな爆破物の破片が皮膚組織と血管を破って出血多量をおこし、死に至ることもある。
前回のガザ攻撃では国際的に禁止されている化学兵器が使われたことを思い出した。
イスラエルの使用したリンを含む科学兵器は、パレスチナ人の体にこれから何年影響を及ぼすのか。
彼らはガザの人たちを兵器の実験用マウスとして使っているのだろうか。
新兵器の開発のために使っているのだろうか。なんて非人間的なのだろう。
毎日たくさんの悲惨な映像を目にしているが、今日見た映像で一番心が痛んだ映像は、パレスチナ人の父親が二人の息子の死体を抱きかかえているものだった。
父親は泣き叫び、死んだ子どもに、守ってやれなかったと、許しを乞うていた。武装もしていない一般市民、イスラエルの戦闘機や軍艦の前では何も出来ない一人の人間が、息子を守れなくて懺悔している。心が痛む。
アメリカABCテレビの有名なアンカー、ダイアン・ソイヤーがニュースを読んでいる映像を見た。
彼女は視聴者に向かって「ロケット弾がイスラエル上空に降ってきています」と伝えていた。
でも実際の映像はイスラエルの戦闘機がガザを爆撃しているものだった。
さらにある写真を「イスラエル人家族が持てるものを救い出そうとしている」とも伝えたが、その写真はどう見ても、パレスチナ人が瓦礫の中からマットレスを引っ張りだしたものだった。
後になってABCニュースはそれらが間違いであることを認めたと、どこか読んだ。
でもどんな嘘でも、一旦広く伝わってしまうと、その後何回訂正しても、それは受け入れられてしまう。
これが問題の写真。
「ABCニュースは、イスラエルに爆撃されたパレスチナ人を指して"ハマスのロケットの犠牲者のイスラエル人"と伝えたことを公式に謝罪している」そうだ。

2014年7月17日(地上侵攻開始の前日)

「戦火の中のラマダン」 
こうして書いている間も、イスラエルはガザへの地上からの攻撃準備をしている。
イスラエル軍は砲撃に守られながら国境地帯に進軍を始め、「有毒な白色ガス」が使われるだろうという報告もある。
幸運にも今日、うちには電気がある。でも、ガザのほとんどの地域は停電し、暗闇の中の生活が続いている。主要な送電線が切られたからだ。
ハマスから停戦についての発表は何もなかったが、国連とイスラエルが協議し、人道目的での6時間の一方的停戦が今日実施された。
人々は家の外にでて食べ物や水を買いに行くことができ、銀行も久しぶりに営業して、給料や貯金を下ろすことができた。
私も家を出て近所を歩いてみた。爆薬のひどいにおいがまだ立ち込めているなか、何百人もの人々が銀行の前に並んでいた。そして必要なものを買うとみな一目散に家に戻っていた。
イスラエルの攻撃はラマダン月の最中にやってきた。
イスラム教徒にとってもっとも神聖な月で、日中は断食をし、水も飲まず、喫煙やその他不道徳な行為を慎む。
断食は精神の浄化を意味し、ラマダンは謙虚さと忍耐を示す時なのだ。
しかい、この攻撃で今年のラマダンは特に厳しい。
灼熱の中で日中16時間は飲食を絶っているうえに、戦争に立ち向かう精神を維持するのは本当に難しいのだ。
膨大な避難者が日没後の食事を学校や避難所でとっている。
医師や看護師、救急隊員は断食中にも働き、そして病院の廊下や道端で日没後の食事をとり、次の困難な仕事に備えている。
食事のたびに、私たちは爆撃音を聞きながら、神様にお祈りをする。
私たちに力と忍耐力をお与えください、犠牲者の魂を慰め、負傷者や無力な人達に救いを差し伸べてください、とお願いをしている。
ガザは今も封鎖されている。2007年にハマスがガザを制圧してから、イスラエルとエジプトがガザを封鎖し続けてきた。
それ以来ガザへの出入域は極度に制限され、検問所はイスラエルとエジプトの完全な管理下に置かれている。
エジプトもガザ南部のラファ検問所をごく例外的に開けるだけである。
パレスチナ人はガザへの出入りにもイスラエル政府の許可が必要であり、申請しても通常は却下される。
さらにイスラエルは物資のガザへの出入りを完全にコントロールしていて、食料品、水、医薬品、それに発電に必要な燃料をガザに入れるのはかなり困難だ。
イスラエル海軍はガザ沿岸を封鎖している。
誰もがこの封鎖が続くことは違法であり、「集団懲罰」だと感じている。
今回の攻撃はガザが最悪の経済難の最中に起きた。
先月、分裂してきたファタハ(西岸のパレスチナ自治政府)とガザのハマス政府が「統一政府」を宣誓してから、政権運営の問題点が浮き彫りになった。
ガザの5万人にのぼるハマス政府職員の給料はいまだに支払われずにいる。
彼らの給料はここ数ヶ月間も満額は支給されていなかった。
この問題はファタハとハマスの対立に拍車をかけている。
2007年からハマスがガザ内での公共サービスを担ってきたが、西岸のパレスチナ自治政府(PA)は、自らの政権時代の政府職員16万5千人に対しては、実際に働いてはいないのに給料を支払っていた。
この停戦時に、給料を銀行から引き落とせたのは、実はこのPA元職員たちだけなのだ。
多くの人たちは知人や親戚からお金を借りて食料や水を買うしかなかった。
今日現在(7月17日)、死者は200人、負傷者は1000人を超えた。
でも戦争は続いている。すぐに終わらせるべきだ。
今日私は外に出て、道行く人の顔を見ていた。
みな青白く、消耗し、不安と悲しみに満ちていた。
友達、家族、そして愛する人々の安全のためなら、私はすべてを失ってもかまわない。

2014年7月21日

戦争が始まって13日目になる今日の午後もこの日記を書く。
地上侵攻がはじまってから48時間以上がたった。
ここ2日間はこの戦争が始まってから最もひどい状況だ。
そして今夜は10秒おきに戦車からの砲撃が聞こえる。
イスラエル軍は「グリーンライン」(イスラエルとガザの境界。1949年の停戦ライン)から500メートル内側まではまだ来ていないようだ。
しかし遠くから一般市民とその家を砲撃しつづけている。
地上侵攻が始まって以降、死者数は150人から500人までに一気に跳ね上がり、負傷者は3,000人以上に上る。死傷者の数は分刻みで増えているのだ。
今夜もイスラエル軍の攻撃は野放図に続いている。
国境近く、とくにガザ市の東側に住んでいる人々の命がイスラエル軍の攻撃により次々に失われている。
国際赤十字委員会が必要な地域すべてに救急車や救急隊員を送るのは不可能だ。
激しい砲撃がずっとつづいているから。ガザの東部地区からのSOSに対して、赤十字の電話は話し中でつながらず、救急車が爆撃のためにその地域に入れない。緊急電話は死者と負傷者の名を告げていて、道路は血の色で染まっている。その映像や写真をあとになって私は見るだろう。
身元不詳の女性、子ども、高齢者が逃げているシャジャイヤ地区の映像でガザの夜が明けた。何百もの家庭がガザ中心部へ、国連の学校へと避難をしている。
その学校施設はすでに飽和状態だ。
彼らは持ち物をすべて残して来ざるを得なかった。
裸足で、叫び、泣きながら逃げてきた。
障がい者や高齢者の車いすを必死に押している人もいた。
シャジャイヤ大量虐殺のある生存者は言う:
「激しい砲撃は大量で断続的だった!とにかく家を出て必死に逃げてきた。
そして走りに走り続けて、、、その時誰かが転んだ!でも振り返ることはできなかった。
とにかく走り続けた。それからもう一人が転んだ、でも私たちは走り続けた。
ガザ市の『安全』といわれる場所にたどり着いた時、最初の50人が12人になっていた。」
アルジャジーラの現場記者はあまりのショックで、中継を続けられなくなってしまった。
医師と看護師はこんな常軌を逸した状態でもプレッシャーと戦いながら懸命に働き続けている。
目の前で起こっていることが本当に信じられない。
もっと信じられないのは国際社会が未だに黙っていること。
国際社会がぐずぐずしているうちに、この惨劇は新たなレベルのカタストロフィーに突入している。
戦いはますます激しさを増している。ハマスの軍事部門である「アル・カセム大隊」によると、34人以上のイスラエル兵士が殺され、その他多数が負傷し、いくつかの戦車は爆撃されたという。
アル・カセム大隊は、オンライン上に破壊された戦車の画像をいくつも載せている。
イスラエル側は兵士が5人亡くなったと発表している。
イスラエルはすでに国際的に報道されたこと以外は公式に発表しない。
地上侵攻が始まって以降、閃光弾が夜のガザを日中のように照らし続けている。
しかし、私たちの生活は暗闇に支配されている。
みなさん、ガザでの血なまぐさい戦争の一晩の出来事だけでも読んでもらえませんか?
毎日終わりのない暴力が続いている。市民の保護に関する国際条約は犯され続けている。
世界はこれについてどう思っているのだろう?
国際社会は本当にどこへいったのだ?
このガザの状態を理解し、この戦争犯罪を止めるには、人権専門家である必要はない。
ましてやガザの政治を理解する必要もない。
この状況を理解するのに、アラブ人やイスラム教徒である必要もない。
一人の人間であればいい。今ガザで続いている戦争犯罪は、人間性を試しているのだと私は思う。
あなたが一人の人間であるなら、ガザへの行為は大量殺戮・虐殺というのがわかるはずだ。
それでも、「イスラエルの自衛行為」というのだろうか。