「ナワール児童館」運営のパートナー団体、「CFTA(文化的で自由な思考を目指す協会)」の設立メンバー マジダ・エルサッカさん。児童館の活動には、子どもたちが自主性を持って参加し、考え、個人としての「私」を確立してもらいたいという強い願いが込められています。

活動の始まり

1991年、ちょうど最初のインティファーダの時期、地元の5人の女性が集まって、子どもたちのための支援を何かできないだろうかと相談しました。イスラエル軍の攻撃でたくさんの子どもたちが精神的にも肉体的にも傷ついていました。
最初は6歳から12歳の子どもたちを対象に、子どもたちが思いを自由に表現できる場を作ることから始めました。まず、ハン・ユニスの難民キャンプで活動している国連(UNRWA)にコンタクトして、今は誰も使っておらずゴミ捨て場になっている元国連の建物を貸してもらえないかと交渉しました。同時に地域の人たちに、「ここに汚水が溜まりゴミ捨て場になっている場所がある。一方で子どもたちが行く場所がなく、たむろしてすごく危険な状況になっている。この二つの問題を同時に解決できないだろうか」と提案しました。地元の力を借りて清掃し、建物にペンキを塗り、ごくわずかな資金でセンターを開くとともに、指導者養成を始めました。センターの中に図書館、劇のスペース、図工室、おもちゃ、スポーツ、音楽の場所を作りました。これが「シルク・アマル(希望の光)センター」です。もちろん当事者である子供たちの意見を聞くことも忘れませんでした。100人の子どもを集めて会議を開きました。「ここに場所があって、こういう道具があるけれども、あなたたちは何をしたいの?」。これが私たちの活動の始まりです。

「ナワール児童館」の誕生

その後、2005年5月にパレスチナ子どものキャンペーンと計画を立て始め、翌年6月に「ナワール児童館」をオープンしました。計画では一日に120人の子どもを受け入れるつもりでした。小学校が、子どもの数に見合う教室が無いため午前と午後の二交代制になっていたので、それに合わせて児童館も午前と午後、それぞれ60人ずつと考えていました。しかしオープンすると一日に600人が来たこともありました。資金の限界で職員を増やせないので、地域の若者たちをトレーニングして、ボランティアとして活動してもらっています。
この児童館も「子ども参加型」で、「ナワール(ほころびかけたつぼみ)」という名前も子どもたちが考えました。子どもの議会があり、児童館の決まり事も子どもたちが決めることになっています。参加したい子どもたちは登録をし、わずかですが会費も出します。それは「サービスを提供してもらう」のではなく「責任ある参加」という意識を持ってもらうためです。

すべてがチャレンジ

児童館があるのはガザの中でも最も貧しいと言われている地域です。オープンから最初の三か月間は何もできませんでした。想像を超える数の子どもが来て、彼らはともかく嬉しくてテンションが上がって周り中で騒いでいるんです。それまでは、子どもたちが自由に遊べる空間が無かったからです。
児童館を始めるにあたっては、地域の会社や学校、個人、自治体に、寄付や協力を依頼しました。オープンの時に一人一人の子どもが植樹した、その苗木も寄付されたものです。木を植えて終わりではなくて、その後の世話も子どもたちがしていきます。しかしガザでは水不足という問題があり、木を植えたら次の問題が出てくる。そのように一つ一つのことが私たちにとってはチャレンジです。
私たちは活動の質を確保することを重要視しています。しかし、例えばゲームを使って算数を考える教材を開発したいと思っても、先ず、教科書や通学服がないために学校に通えない多くの子どもたちのことを何とかしなければなりません。プログラムの内容を向上させたいけれども、行く場所が無くて集まってくる子どもを放ってはおけません。経済的にも社会的にも深刻な、封鎖された状態で、スタッフの能力開発を考えてもガザの中では限界があります。私たちは他のNGOのスタッフにいろいろと教える立場にありますが、私たち自身が新たなことを学ぶ機会がないのです。

子どもたちから子どもたちへ

児童館では、子どもたちが自分でお話しを作って絵コンテにしてアニメ作品を作ったりします。古いテレビからブラウン管を取り除き、舞台の画面をつくって、そこでキャラクターが話をしたり動いたりします。私たちの社会には完成されたアニメが無いので、子どもたちがゼロから自分たちで作っていくという過程を踏んでいるのです。
演劇グループもいくつかあります。子どもたちが自分の身の回りの出来事や関心事をテーマに、自分で言葉や身体的な表現にしていきます。グループの子がそれをやって見せると、見ている子どもの中から「もっと違う表現があるよ」とか「ぼくだったらこんな風に問題を解決するよ」と代わりにやってみる。これは問題をどうやって自分たちで解決していくのかということを一緒に考え、新しい方法を見つけ出していく手法です。音楽のグループは、まだ楽器が買えないので、缶とか瓶とかを叩いて音を出している状況ですが、今後はパレスチナの伝統的な楽器を一個ずつでもいいから買っていきたいと思っています。アートのワークショップも、身近にある物を使っていろんな作品を創っているところです。
それぞれの部屋には、その部屋をどうやって使うか子どもたちが決めたルールが貼ってあります。ルールを破った子がいると、何が問題だったのか、それに対してどういう罰が適当かということを話し合い、最後は自分で決めます。「子どもたちから子どもたちへ」というプログラムもあって、何をしようかみんなで考えます。

子どもたちに伝えたいこと

パレスチナの若者にとって、「アイデンティティ」(私は誰か)と帰属意識というのは大きなテーマです。私たちは常に難民と言われ、無国籍者と呼ばれています。今は自治政府があるのでパレスチナのパスポートを持っていますが、かつて私たちが持っていたパスポートには「無国籍」と書かれていました。誰も私たちのことを認めてくれなかったのです。ですから、第一にその人個人としての「私」を確立するということ、二番目には文化や社会も含めての帰属意識を育むことを大事に考えています。
パレスチナのように暴力で抑圧されている空間にいると、自分たちの無力さをいつも感じます。私たちが子どもと接する場合に大変気を付けているのは、子どもたちが参加し、そして自分たちで実際に何かを作り上げたということを実感できるようにしなければならない点です。そうしなければ、子どもたちは増々自分たちの無力さを確認することになるからです。